世の中では同じ犬種で集まる集会?みたいなのをやっているようですが、保護犬の飼主同士も親近感が湧くようで、たまに話しかけられることがあります。
そんな中で、
「かわいそうな子(保護犬)を優先的に迎えるべきだ」
という意見を聞きました。
帰ってから思案したのですが、私はちと違うかなと思いました。
違うというか、私には保護犬を迎えるのはもう少し深い意味があるということ。
保護犬は確かにかわいそうなのかもしれませんが、売られている動物がかわいそうじゃないかと言ったら、そんな事はありません。
野生動物がかわいそうじゃないかと言ったら、生息地を奪われて、姿を見せるだけで抹殺されて、子育てもままならない日本では最大の犠牲者とも言えます。
家畜に至っては、言葉には到底できない程の残虐な扱いを受けています。
競馬などの娯楽に利用される動物も、用済みなれば問答無用で殺されます。
弱者に冷たい日本では、動物たちは多かれ少なかれ人間の手によって恐ろしい目にあっているのです。
ペットとして売られている動物たちは、店頭に並ぶまでの流通過程で大量に死んでいます。
生き残った動物はうるさい音楽の流れる明るい店内のせまーい檻の中で、本来の生態とかけ離れた生活を強いられます。
お金で取引された後は、多くはまた檻の中に監禁されます。
そして人間の楽しみに利用されたり、人間に合わせるよう無茶な要求をされるわけです。
ブリーダーならいいかというと、そのブリーダーがどのように犬を扱っているか調べる必要があります。
散歩は一頭ずつ犬の希望を尊重して行っているのか
金儲けのために親犬に何度も出産させていないか
親子は自由な環境で自然に暮らしているか
親兄弟と過ごすべき期間(生後半年くらい)に引き離して売り飛ばしていないか
などなど
まず日本にはないと思いますが、ありますか?
そもそも純血種は先天性疾患のデパートです。
動物の健康を優先するのなら、純血種の生産に反対するべきでしょう。
保護犬(猫)ばかりがかわいそうではないとおもうのです。
じゃあ何故迎えるのなら保護動物にしなければいけないのかですが、
残酷な動物の輸入生産売買を衰退させなければならないからです。
そして大量の動物が殺処分されている最大の原因は、大量生産です。
迎えた動物の避妊去勢が絶対に必要な理由の一つでもあります。(他にも理由はある)
殺されている動物がいる限り、絶対に増やさない。
人間の手で増やしすぎた動物は、人間の責任を持って頭数を管理しなければいけないからです。
だから絶対に産ませない、繁殖屋には一円も落とさない。
私は無知から繁殖屋にお金を落とした人間として、今後は絶対に同じ過ちを犯さないと心に決めています。
願わくば、これから過ちを犯そうとしている人に知ってほしいのです。
その行為が販売動物保護動物に関わらず、どれほど動物たちを殺して苦しめるのか。
また春が来ればみーちゃんみたいな困っている子がたくさん現れるでしょう。
今もう一頭と考えていて、お世話の余裕があるのなら、春まで待ってもいいと思います。
買うよりずっと心に染みる素敵な出会いです。
ところで、「かわいそう」という言葉を使ってきましたが、この言葉についても少し考えるところがあります。
それはまたいつか書こうと思います。
おまけのいつもカワイイあんちゃん
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